お猿が新しいデイケアに通い出した。

今まで彼女はシェルターに紹介して頂いたチャイニーズのデイケアにお世話になっていた。
しかしダウンタウンでの生活が始まると、毎日そこまで通うのには少々不便となったので、先月の始めからこのアパートメントの周辺で新たなデイケア捜しを始める事にしたのだった。
働くママの溢れるサンフランシスコ。一口に『デイケア選び』と言っても、これがまたなかなか大変な物で、街にある殆どのデイケアはいつも当然のごとく満員で、通常はその長ーいウエイティングリストに名前を載せてもらい席が空くのを待つのが一般的になっている。
ここ暫くは、毎日朝早くからサター・ストリートにあるデイケア斡旋の事務所に通いつめ、そこに登録されているダウンタウン中のデイケアに片っ端から電話をかけまくる日々が続いていた。
そうして毎日、電話の向うから早口の英語で断わられ続けるのにも慣れっこになって来た頃、偶然ウチのアパートメントからそう離れてはいないファミリータイプのデイケアに、一つ席が空いているという情報が飛び込んで来た。
そのロケーションは、ケーブルカーが走るカリフォルニア・ストリートがレベンワース・ストリートと交差する辺り。お金持ちエリアのノブ・ヒルから少しだけ離れた、庶民的で閑静な住宅街といった場所である。
喜び勇んで早速その場で予約を取り付け、次の日に実際現場を見に行く手筈をとった。
毎日カリフォルニア・ストリートの坂を通うのはちょっと大変な気もするけれど、今のアパートメントからは歩いて三十分で往復できる。
坂の途中にはお寿司も売ってるスーパーもあったりして、毎日の丁度いいお散歩コースになりそうだ。
次の日の午後、約束の時間ぴったりに、指定されたアドレスのドアベルを鳴らした。すると中から、すっぽりと頭からスカーフを被った美しい中近東の女性が顔を出した。
何だかその『ハッピー・デイ・ケア』といったネーミングからはちょっと予期せなかった状況である。
いったいまず言葉が通じるのかさえも分からずに、このリアクションには一瞬困った。
しかし彼女も私を面接のママだと確認すると、すぐにその彫の深い顔に笑顔を浮かべながら、わたしをドアの中に迎え入れてくれた。
柔らかい絨毯に隅々まで覆われた広い部屋の中へ入ると、そこでは年の違った子供達が子犬のように遊んでいた。そして私が通された応接室のソファに腰を掛けるや否や、そのチビたちは入れ代わり立ち代わりこの『お客さん』のチェックにやって来た。
そうやって、がめ煮のような子供達の暖かい洗礼を受ける事しばらく、少し間を置いて、抱いていたベビーにミルクを飲ませ終えた奥さんのヒワイダがご主人のトムと一緒に部屋に入って来た。
彼等はエジプトから来ているご夫婦だという。
二人がソファに腰を下ろしお互いそうして向かい合ってみると、何だかその異質な雰囲気に少しの緊張を感じた。
まるでアラビアン・ナイトのストーリーから抜け出たようにスカーフで頭を覆ったヒワイダからは、中近東の女性の神秘的な香りが漂って来る。
その横に座るトムはといえば、これがまた何だか爆発したような白髪頭で、どことなくアインシュタインを思わせる少し天然ボケの入った陽気なおじさんだ。
今まで経験した事のなかったエキゾティックな空気がビシバシ漂う空間の中で、これまた美味しいのか不味いのか、ちょっと答えに困るような不思議な味のお茶を頂きながら、 早速話が始った。
しかし、またここでもう一山。
話といっても、最初はお互いにフレンドリーな笑顔で挨拶を交しなぞするものの、彼らが話す恐ろしく巻舌のアクセントがかかった英語に加えて私のあんまりお薦め出来ない英語力である。
暫くは会話の歯車も素晴らしくずれあって、なかなか言葉のキャッチボールも的確に相手に届く事がなかった。
まあそれも、そんな状況には慣れっこの外国人同士、ここは粘りが勝負である。
お互いそうしてトンチンカンなやり取りを繰り返す内、難解な会話の流れの中にも『コツ』というものが掴めて来た。
結局そうして、めでたくお猿はその二週間後から、この何ともエキゾティックなデイケアに受け入れてもらえることになった。
全ての書類にサインを終えて部屋の中をぐるっと見回してみると、そこでは何人かのエジプト人の子供達が、やんちゃな虎の子のようにじゃれ合うベビーの世話をしているのに気がついた。
皆、お人形さんのように整った濃い顔立をしている。
「みんなウチのキッズ達だ。」
そんな彼らに目を取られる私に、トムが誇らしげに笑って言った。
‥やっぱり中近東の家庭はすごい。子沢山な彼等には感心してしまうやら羨ましいやら。
そこにいる一番上のお姉さんはもう高校生位の歳で、頭から被った黒いスカーフの下からは薄っすらと化粧がなされた綺麗な顔がのぞいている。
どうもこの一歩ずれたコメディアンのようなトムから同じ遺伝子を貰ったとは想像するのに困る美人さん だ。
その下に、これまた信じられない程長い睫毛のおシャマな女の子が二人いる。
それから少しシャイで、濡れるような真っ黒な巻き毛の男の子が礼儀正しく顔を出し、最後に一番下のチビチャンは、まだお猿と同じくらい小さくて、そこで預かっている子供達と一緒によちよち部屋の中を歩き回っている。
皆、ーその一番下のベビーはまだ無理だとしてもーよくお手伝いをしているのは感心だ。
トムの横で、スカーフの下からどっしり穏やかに微笑むヒワイダはとても美しい女性だった。
そんな彼女を見ていると、少なくともこの美しい子供達の『外見』の遺伝子に関しては、どう言うわけだか、皆、この母親から流れて来てしまったのだろうという答えに行き着いた。
もちろんこれはオフレコで。
トムには殴られてしまいそう。
まあそんな冗談は横に置いて。
私はヒワイダの、外に向かう白人女性とは対照的な、その内にある女性の芯の強さが映る瞳が好きだった。まだ少なからず男尊女卑の残る中近東の風習の中で、夫に従いながらも妻として母として、家族を守って行く女性としての静かな自信が、その穏やかに微笑む笑顔には満ち溢れているような気がした。
今でも世界情勢の中では、中近東の女性差別が問題に取り上げられて来る。それについてはお恥ずかしながら、正直今、ここでどうこう意見を述べるなんていう立派な脳ミソは持ち合わせてはいない。
しかし、こんな風にこのファミリーを目の前にしていると、そんな独特のシステムに縛られた世界も実際に中に入って面してみれば、外から見ただけでは分らない、その文化や歴史に適した男女のバランスという物があったりするのだろうと感じさせられた。
トムのあっけらかんとした陽気さと、ヒワイダのどっしりとした優しい羽の下で、沢山のベビー達が巣立って行く、その名前の通りの『ハッピー・デイ・ケア』。
彼らとの出合いに大きな幸運を感じた一日だった。
とにかくまずは、トムと子供達の遺伝関係なぞ心配する前に、ウチのお猿の心配である。
この『人種のサラダボール』サンフランシスコの街でこれから育って行くお猿さん。
アメリカ人のパパに日本人のママ、中国社会からエジプトに運ばれて、なかなかこれからの一筋縄では行かない彼女の人生が今から暗示されているようである。
そんな彼女も今の所、とりあえずスクスク元気に育っている。
21才になった時に彼女が出す答えに今からわくわくしながら、このシングルマムライフ『テイク・イット・イージー』、考え込まずに進んで行こう。
ずっと昔に見た映画、ベッド・ミドラーの『ステラ』。
お猿と私の間にも、いつの日かそんな物語りが産まれて来たりするのかしら? |