HIROKO SAKAI FINE ART
- Japanese Artist in San Francisco -

San Franciscoからこんにちわ!

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エピソード22

 引っ越しが、とうとうあと二日後に迫った。


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今日は夕方、クレイグが私のアパートメントにやって来た。

彼が働く連邦裁判所の建物は、私のアパートメントからたった三 ブロックの所にある。それで先週からぼちぼちと、こうして仕事の帰りに立ち寄っては小さな荷物を彼の車で家に持ち帰ってくれている。

こんなことも、最終的な引っ越しの日に一度に大きな荷物の運搬の必要がないといえば助かる所なのだけど、こうして頻繁に彼に助けを借り過ぎるのも、あまり居心地のいい物ではない。
出来れば自分だけで済ませたいというのが本音だったりするのだけれど、なかなか押しの強いクレイグに対して角を立てずに断わる言葉が見つからない。

部屋の中を見渡すと、もう生活で見慣れた物たちは殆ど段ボール箱の中に仕舞い込まれ、すっかり引っ越しの用意が整った。
ドアが少し神経質にノックされて、セカセカとクレイグが入って来る。
作業中の箱に腰かけて、当たり障りのない話を交わしながらコーヒーを飲み終えると、早速、壁の片面に積まれた箱たちをキャリアに積む作業に取りかかった。

 

 がらんとした剥き出しの部屋が、今日は二人の距離に妙にギクシャクした空気を漂わせている。
息の詰るような空間の中、無邪気に遊ぶブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ベビーお猿の笑い声だけが響いている。

『少し荷物を車に移したら、クレイグもまた帰って行く。余計な事は考えずに、この少しの時間だけ笑顔で乗り切ろう。』

そう思って気分を切り替えた矢先、キャリアのバランスを測りながら、クレイグが軽い調子で話しを始めた。

「昨日ママから電話があって、君によろしくって言ってたよ。カーメルっていい所だろう?」

自慢げなアクセントが鼻に付く横顔に、つい『一緒に行った人が違ってたら、もっと素敵だったのに。』なんて、意地悪な返事が頭に浮かんだ。

いけない、いけない‥。

もちろんそんなことはオクビにも出さずに、ただ当たり障のない笑顔で黙っていると、また彼は満足そうに話を続けた。

「ママは君とベビーのことがとっても気に入ったみたいでねえ。『いっそ、彼女が娘になってくれたらいいのに。クレイグ、あなたとは年もぴったりよ』なんて冗談も言ってたよ。アハハ。」

『アハハじゃないよ!』

私の無言の不快感など全く感じ取る気配もなく、さらにペラペラと話は続く。

「ママたちはこれから暫くの間、バカンスでメキシコに行くんだ。そこで彼らに何かあったらどうなると思う?」

冗談のようにそう言うと、次の瞬間『サプラーイズ!』とでも言いたげに含み笑いを浮かべながら、私に向かってウインクをした。

「あのカーメルの家の相続人は僕なんだよ。彼らの財産も殆どが僕に来るようになってるんだ。」

「‥‥‥‥‥‥‥。」

一瞬、そのあまりに脈略のない話に、私はリアクションに困った。

それだから、いったいどうしたと言うのだろう?『自分は今でこそ庶民的な暮らしをしているけれど、親の財産を継いだ後にはリッチな生活が待っているよ。』とでも言いたいのだろうか?そしてそんな『餌』を目の前にちらつかせながら、私に何かの期待でもしているのだろうか?

自意識過剰だと笑われてもいい。とにかく何かが間違っている。
普段は家で使うペーパータオルでさえも、プラチナか何かで出来ているようにケチ臭い事ばかり言う彼が、こんな風に突然、人の懐で自分を飾るような事を言って来る神経も嫌らしい。

最後のボックスを積み終えて廊下に出た後も、クレイグはまだそんな事を楽しそうに話し続けていた。
私はゾワゾワと背中に上ってくる嫌悪感を必死で押さえながら、それから後は、ただもう無表情で黙々と仕事を続けた。

 

 一杯に箱を積んだキャリアを押してエントランスまで下りて行くと、それまでペラペラ、ずーっと一人で喋り通しだったクレイグが、ふと声のトーンを落とした。そしてお猿の胸からヒョイとウサギの縫いぐるみを摘み取ると、それで腹話術の人形を操るように、

「君は、家に引っ越して来るのに全然嬉しそうに見えないねえ。」

と、少々皮肉めいた調子で言った。

ハッとして自分を省みる。

『いけない、いけない。大人にならなければ。何はともあれこのクレイグは、これから一つ屋根の下で共同生活を共にして行く相手なのだから。』

そう思い直して急いで笑顔の欠片を寄せ集めると、ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, ウサギのぬいぐるみ, うさぎ, ぬいぐるみ辛うじて顔に微笑みを作り上げ、

「うーん、ここ暫くは少し疲れててね。それにやっぱり、一年を過ごしたこのアパートメントを離れるのには色んな思い出が残っているし。ごめん、ちょっとセンティメンタル入っちゃったかな?」

にっこり笑ってそれだけ言うと、後はまた彼の視線から逃れるように背中を向けてキャリアーの荷物を下ろしにかかった。

私の答えにクレイグも、一応は納得してくれた様子だった。
彼に対するよそよそしさも、『今まで暮したアパートメントを離れる淋しさに、今はただ落ち込んだ様子を見せているだけだ』とでも解釈してくれたようだった。

それから後は、もう二人で言葉を交すこともなくただ黙々と仕事を片付けた。

 

 荷物を積んだ黒いメルセデスがエントランスを離れるのを見送った後は、一人、ドアの横でマイペースに遊んでいたお猿を引っ付かむように抱き上げて、急いで部屋にかけ戻った。

部屋のドアを開けると、中にはやけに空っぽの空間が残っていた。
ドアが閉り『パタン』と乾いた音が響く。
もう殆どの荷物が引き払われてしまった部屋に入って行きながら、お猿をベビーベッドに下ろすと、そのままネコのように手足を丸めてソファの端っこに蹲った。

 

 柔らかなソファに体を沈ませて、それからどれくらいの時間を過ごしたのだろう‥。
空っぽの空間に、ぽんっと投げ捨てられた自分の抜け殻がいる。
目は大きく見開いているのに、その前にある物たちは全くまとまった映像を造らない。

ひとつ‥ふたつ‥‥。
頬にあてた手の甲に、生暖かい雫が伝い始めた。

‥とその時、

静まり返った部屋の中に、突然電話のベルが鳴り響いた。

予期せず耳に飛び込んで来た刺激に、反射的にソファから飛び上がる。体中の毛穴がチリチリ逆立つのを感じながら、五回目のベルで受話器を取った。

「ハイ、ハニー。」

聞き慣れた、少し掠れた優しい声が受話器の向こうから響いて来る。
そののんびりとした声の調子に、ピンと張り詰めていた糸がふわっと弛み、胸の奥に閉じ込めていた沢山の思いが堰を切って外に流れ出して来た。

「ハニー?」

ドキドキと強い鼓動を刻む心臓を押さえながら、平気な声を整えてクリスの声に答えようとする。しかし頑張れば頑張る程、胸が詰って次の言葉が出て来ない。

「どうしたの?何かあったの?‥ねえ、どうしたの?」

この引っ越しの一件については、実を言うと、これまでクリスとはあまり詳しい話をしたことがなかった。殺人的に忙しい彼の毎日のスケジュールを考えると、こういった自分の生活のごたごたに彼を巻き込んで負担をかけるのは避けたかった。
クレイグの事も大まかな話はしていたものの、込み入った感情のやり取りや自分の中に沸き上がる疑問については全く話していなかった。

電話に出るなり泣き出した私に、クリスは一つ一つ、話の糸口を掴むように質問を投げ掛けて来た。包み込むように。なだめるように。
そんな彼の柔らかな声がまた涙を誘って来る。

質問に答えながら、順序立てて事情を説明しようと頑張ってはみるのだけど、動転した頭の中では話があちこちに飛びまくブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 電話る。

しばらく混沌としたやりとりを交わす内に、クリスも大体の状況が掴めたようだった。話に一区切りついた後は、いつになくきっぱりした口調で、

「この話はもう、キャンセルにしたほうがいいね。」

と静かに言った。

「でも、もうアパートメントのオフィスには今月末の退去通知も出してるし、今さらキャンセルは出来ないでしょう?クレイグのとこに行くのをキャンセルしたら行く所がなくなってしまう。それに荷物も‥」

「シッ‥。いいから僕に任せて。」

感情的にしゃくりあげる私の言葉を、クリスはなだめるように遮った。そして、アパートメントのマネジャーの電話番号を確認すると、さっさと電話を切ってしまった。

 

 半時間程経って、また電話のベルが鳴った。

受話器をとると、その向こうから、さっき電話を切った同じトーンのクリスの声が聞こえて来た。

「今、君のアパートメントのマネジャーと話してみたんだ。」

そう切り出して、小さく二つ咳払いをする。

「彼が言うには、今の部屋は、もう残念ながら次が決まっているそうだ。でも、二月の中頃に別の部屋が空く事になっている。少し小さな部屋になるけど、その分家賃も低くなるそうだよ。君に相談無しで悪いとは思ったんだけど、もうその部屋を押さえたよ。それで二月の中旬には、また君はそのアパートメントに戻れる事になる。
さてそこで、今月末にアパートを出てから一月の間、どこにステイするかって事だけど‥。」

クリスはそこで息をつくと、少し迷って言葉を捜すように間をおいた。

「‥僕の所に来てもらう事を考えたんだ。」

突然のその彼の言葉に、一瞬、心臓が大きく波打つ。

私の反応を見るように、クリスは言葉にポーズを置く。しかし私の頭の中には、このあまりに唐突な台詞に返す言葉は直ぐには浮んで来ない。

私の沈黙を感じると、クリスはまた穏やかに話し始めた。

「でも、ティブロンはどうしても車が無いと不便な場所だからね。僕はこんな風で殆ど仕事で家にいる事もないし、車を運転しない君にとっては、丘の上からじゃあ、毎日のベビーのデイケアの足さえ確保出来ない事になる。まあ、車の運転なんて練習さえして慣れてしまえば後はどうにでもなる物なんだけど。でも今回の話はあまりに急で、そんなことやってる暇もないし、君は君で今の所、自分のペースで生活出来る環境が必要だろう?
そんな事を考えていたら、僕のコンドから車で十分くらいの所なんだけど、丁度、ティブロンのフェリー乗り場の横に小さなホテルがあるのを思い出したんだ。 そこからは、サンフランシスコまでフェリー一本で往復出来るし、ホテルの周りにはスーパーからコインランドリーまで、生活に必要なものは全部揃ってる。
そのホテルを二月の一ヶ月間リザーブしたよ。これも相談無しで悪かったんだけど‥。三月が君の誕生日だろう?そのティブロンでの一ヶ月の時間を、君へのバースデープレゼントにするってアイデアはどう?」

「‥‥‥‥。」

何だかあまりに突然な話の展開に、一瞬言葉を失った。
まるで、魔法の杖がひと振りされたよう!

これまで自分がわけの分からない英語でノロノロやって来て、動けば動く程ドツボにはまって身動きがとれなくなって行くような状況を繰り返していた所に、クリスがさっと杖を振ると、一瞬にして運命のベクトルの向きが変わってしまった。

呆気に取られてすっかり止まっていた涙が、また栓が切れたように溢れて来た。
胸の中に重く冷たく凍り付いていた塊が、目からどんどん溶け出して、外に流れて消えて行くような気がした。

『クレイグの所に行かずに済む!』

すっかりベソをかいて泣きじゃくる私の声が明るく変わったのを確認すると、小さな子供を宥めるようにクリスが言った。

「引っ越しの日曜日には、僕もクリニックの休みをとって君と一緒にいるようにするよ。さあもう泣かないで。大丈夫だよ。」

今ではもうすっかりお決まりの挨拶になったクリスと交す『アイ・ラブ・ユー』の言葉が、今日は特別に大切な物に感じられる。ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 希望, 手, 光の玉, 夢, サポート

心が溶け出し満たされて行く‥。

 

 受話器を置くと、沸き上って来る喜びに顔が自然にほころんだ。
退屈したお猿はベビーベッドの中で、もう大の字になって眠り込んでいる。

ゆっくりソファから体を起こし、平和な寝顔を覗き込む。

リスのようにぷっと膨らんだほっぺを人さし指でチョンチョンと突つくと、『邪魔しないで』とでも言うように小さな口がムニャムニャ動いて、それから一瞬薄目を開けたかと思うと、また彼女は小さな寝息をたてて夢の世界に戻って行った。

引っ越しまで秒読みに入った二日前。
空気が変わった。

明るい光が見えて来た!

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