HIROKO SAKAI FINE ART
- Japanese Artist in San Francisco -

San Franciscoからこんにちわ!

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 食事が一段落着くと、ランプの炎が優しくゆれるテーブルの上で穏やかな会話が流れ始めた。ジェスが次に撮影に入る映画の話を得意げに始める。クリスが後ろでそれを茶化す。お父さんとお母さんが最近行ったヨーロッパ旅行の話。そこにはいないボビーの近況。所々聞き取れない英語の音さえ、今はすべてが心地よい。

‥と、ふいにテーブルの下でギュッと手が握られたのを感じた。
突然の小さな刺激にはっとして横をむくと、それまで隣で話に熱中していたはずのクリスがこっそり私にウインクをした。
ワインの酔いでしびれた頭に、悪戯な刺激が優しく優しくエコーする。
テーブルの下で絡ませた指に、思わず同時に微笑みが漏れた。。

「あーあ、自分もキャロルを誘えばよかったな。」

向かい側のテーブルで最後のマッシュポテトをつつきながら、冷やかすようにジェスが言う。

『キャロルがいたら、もうちょっとましな格好をしてたのかな?』

すかさず切り返すクリスの言葉に、テーブルを囲む皆が笑った。

テーブルの真ん中では、シナモンの香りの湯気がたつアツアツのパンプキンパイが切り分けられた。

 

 一通りディナーが終了した後は、皆で暖炉の前に場所を移し、ゆっくり食後酒のブランデーを楽しんだ。
甘いオベラの旋律に抱かれながら、上質のワインとたらふくのご馳走でもう真直ぐに座っているのもきつかったお腹の具合が落ち着いて来た頃、そろそろパーティーはお開きの時間へ近づいてきた。

「今度また皆で集まるのはクリスマスね。クリスマスのターキーを焼く時には、あなたも私の横で見てなさい。教えてあげるから。」

お母さんのそんな『ありがたい』お言葉に顔を少々引き攣らせながら、クリスの腰に腕を回して玄関のドアを出て行く幸せな笑顔を見送った。

ひとの影が消えた後、部屋の温度が急に下がった。
まだパーティーの余韻の残るがらんとした空間の中で、ほっと息がつけたような、ちょっと置き去りにされてしまったような、‥。しかし、そんなおセンチな気分もすぐに、ふあんと後ろから包まれた大きな胸の中に溶けていった。

競うようにクリスと光の粒を見渡すソファに駆け込んでいく。
柔らかなチャコールの匂い。
パチパチ燃え続ける炭の音と、低く低くものブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 暖炉, 暖炉の火, 薪, 火, 家族団らん, 幸せ, 幸福悲し気げに響いてくる歌声を聞きながら、あたたかい息を耳に感じ、大きな身体の重さの中にまた自分が溶けていく。

 

 一番初めにアメリカにやって来た清教徒達が、新しい土地で厳しい時間を乗り越え、最初に収穫した物たちで神への感謝を示したというこのサンクスギビング

まだまだ私の生活といえば感謝際には程遠い混沌の真只中。
しかし、とにかく顔を上げて進んで行こう。道は先に続いている。

パチッとはじけた炭の間で遠い過去の時間から、誰かが微笑みをくれたような気がした。

エピソード19

 最近、寝ても覚めても私の思考を支配して、どうしても頭から離れてくれない事がある。それは『恋煩い』だとかいうそういう甘ったるい幻想の類いではなく、極めて現実を直視して、とにかく早急に解決の糸口を見つけなければいけない巨大な課題なのである。


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言うまでもなく、ここで言うこの『巨大な課題』とは、十月に突然冗談のように釣り上げられてしまったアパートメントの家賃の事だ。
普段は『出来るだけ脳天気に暮そう!』がモットーの私でも、なかなか神様というのは、そういう人生嘗め切ったヤツを放っておけない性分らしい。
最近ではもう、何だか今までに溜まりまくっていた『ツケ』でも払うように、私の人生の上には、次々とこの『課題』とやらが降り掛かって来る。

 

 そんなわけで、ここしばらくはアパートメント探しに追われる日々が続いていた。
インターネットのサイトから近所のスーパーの掲示板まで、もう来る日も来る日も情報を見て回った。

しかし、こんな可愛い盛りに加えてうるさい盛りの『おまけ』の付いたシングルマムでは、無条件でルームメイトになってくれようなんて奇特な輩は、やはりそういるものではない。ブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 部屋探し, 新聞広告ちょっと条件があまい所で連絡を取ると、女性目当ての男性だったり、二部屋を四人でシェアだったりで、これではまるで違法難民の収容キャンプだ。

アメリカ映画の中に見る、シュールな程に豪華な部屋とは裏腹に、とにかくここサンフランシスコでの住宅事情というのは、最早、『日本の家はウサギ小屋』などと笑ってられる状態ではない。広めのワンルームを厚いカーテンで仕切り、それでルームシェアをしている人たちもいたりするのだから。

そもそもここ最近のサンフランシスコの家賃上昇は驚異的で、ダウンタウンでも、大きな会社が毎日の様に郊外のほうへどんどん流れ出しているという。ちなみに、あのカソリックチャリティーでさえも、来月からはもっと家賃の低い場所に事務所を移転するそうだ。

 

 こうして、前に進めば進む程どんどん後ろに下がって行ってしまうような間抜けなリサーチをくり返す中、私のメールボックスに、見覚えのない名前で一通のEメールが入って来た。 開いてみると、それはしばらく前にネットの『ルームメイト募集』の掲示板に書き込んでおいたアドへの返信だった、

『サウスサンフランシスコにある戸建ての家の一室に入ってくれる間借り人を捜しています。家賃月額$600、光熱費込みで如何ですか?南向きに大きな窓あり。庭付き。地下鉄まで歩いて五分。』

もう、明日からでも入りたい涎垂物の条件だ!
早速、このメールの送り主にその先を問い合わせてみた。

返事は即、その日の夕方に返って来た。

『私は日本人の血を半分持ったアメリカ人です。しかし、小さい頃に養子に出され、自分の中にある日本の部分を知らずに育ちました。掲示板であなたのアドを見た時、小さなお子様をお持ちになって困っていらっしゃる日本人の助けになる事が出来たらと思い、空いている部屋のオファーをする事にしたのです。クレイグ』

うーん、なかなかいい話ではないか。

しかし、‥ん?
最後まで読んだ所で、そのお尻に付いている名前に目が止まった。

『クレイグ』?

そう、このオファーの主、どうやら男性のようなのだ。‥と言うより、ハッキリ言って男性である
この部分だけは単純に、『いい話』と喜んでばかりはいられない物がある。
まあ、異性のルームメイトを持つなんて事はそれ程特別な物でもないここサンフランシスコでの住宅事情。この場合も一般的に、大家が男性だからといって特別に神経質になる必要もないのかもしれない。

しかし、やはり今一つ尺然としない物が残る。

それから二三日、頭が禿げるかと思う程に考え込み、また、アメリカ生活に慣れた友人達にも相談しまくった結果、やはり、この目の前にぶら下がったニンジンは無視出来ないという結論に達した。
この『クレイグ』には一度直接会ってみて、話を聞いてみる事にした。

 

 面接に指定された時間、少々緊張した面もちで、シピックセンターの一角にそびえ立つ連邦裁判所の建物の前を歩いて行くと、遠くに見えるブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, サンフランシスコ フェデラルコート,  シビックセンター, 連邦裁判所エントランスに、一人の品のいい紳士が立っているのが見えた。

巷で見る、カジュアルなカリフォルニアのドレスコードとは違い、仕立てのよいダークスーツに身を包み、少々近寄り難い雰囲気さえ漂わせている。
こちらを気にする目線から、すぐにそれがクレイグだとわかった。

 

「はじめまして」

「やあ、御機嫌いかがかな?」

お互い向き合える距離に来た所で、まずは軽く握手を交す。
目の前に立った彼は、四十半ばの割と小柄な男性だった。

日本人の血を半分持つというわりには、すっと通った高い鼻筋、髭の濃そうながっちりとしたアゴ。一見するとその顔つきは、どちらかと言えばヒスパニックに近いようで、日本人の部分はあまり感じることはできない。
ゆっくりと言葉を話し、一見おっとりした性格のようだが、眼鏡の奥には視点の定まらない神経質な目が光っている。

入り口で簡単な自己紹介をすませた後は、いよいよ彼の後について連邦裁判所の建物の中へ入った。
このクレイグという男、仕事はコートの書記官をしていて、私の懸念を察してか、この初顔合わせの場所を公的な自分のオフィスにセッティングしてくれたのだった。

ニコリともしない二人のでっかい警備員たちにチェックを受ける私のバックを横目で見ながら、入り口のセキュリティーチェック・ゲートを潜る。エレベーターで十七階までのぼると、そこからは細長い廊下が続いていて、分厚いガラスの覗き窓がはまったドアに突き当たる度、一々IDカードを通して暗証番号のボタンを押さなければ先へ進めない。

そんな厳しい警備の様子を見ていると、『果たして私のような一般人が、こんな風にノコノコ入って来てもいいのかしら?』なんて、少々不安な気持ちになった。

しかしそんな懸念も、極めて平常心ですたすた前を歩いていくクレイグの背中には伝わってはいないようだ。廊下でスレ違う、これまたカッチリとしたスーツに身を固めた彼の同僚達も、笑顔で挨拶を投げ掛けてくれる。
このスパイ映画のような警備の厳しさと、そこにいる人間のラフさとのギャップが、どうも今一つよく分らない不思議な空間だったりする。

そうして迷路のような長い長い廊下を一番奥まで歩いて行くと、その突き当たりがクレイグのオフィスとなっていた。

 

 ドアを入るとまず、沢山の本と書類のファイルでぎっしり埋まった壁一面の巨大なブログ, エッセイ, シングルマザー, 海外生活, 人気のブログ, 注目のブログ, 話題のエッセイ, カリフォルニア生活, アメリカ生活, ノンフィクション, 現代画家, 人気, アーティスト, サンフランシスコ, フェースブック話題の人, 話題の人, 海外の日本人アーティスト, 本棚, 書斎, 本本棚が目に飛び込んで来た。向いの壁には、風格のあるオークの机がどっしりと置かれ、その横に、真っ黒で不思議な形をしたタイピングの機械がちょんと置いてある。
いかにも書記官のオフィスといった雰囲気だ。

促されるまま部屋の奥へと進み、窓を背にした黒い革張りのソファに腰をおろすと、続いてクレイグも向いのソファへ腰かけた。そうしてお互いに腰を落ち着けたあとは、少しの緊張を打ち消すように、静かにクレイグが話を始めた。

「ちょっと前に新聞を読んでいたら、サンフランシスコの若者達の生活追跡の記事が載っていてねえ。」

そう切り出しながら、窓から入って来る光が少し目に強いといった様子で鼻にかけた眼鏡をかけなおすと、彼はまた言葉を続けた。

「そのお尻にあったウエブサイトのリンクで行き着いたサイトを眺めていたら、君のアドに行き当たったというわけさ。
メールにも書いていたと思うんだけど、僕の半分には日本人の血がまじっている。でも物心がついた時にはもう既に今の儀父母の元にいたから、僕には全く日本の背景が無いんだ。
そんなわけでずっと今まで、何か日本に関係する物に携わりたいと思ってた。
こうやって今回、偶然とはいえ君と接点を持てたという事は、僕にとっても大きな意味のある事だと思うんだ。」

そうして静かに話す顔が、ここで一瞬ふと曇った。

「一年前、二十年連れ添ったドイツ人の家内を亡くしてね‥。その後はずっと長い間飼ってた犬が一緒にいてくれたんだけど、それも最近死んでしまった。それからは何だか急に家が空っぽになってしまってねえ。仕事から帰って来てもガランとしたドアを開ける毎日だろう。それで、誰か話し相手に間借り人でも捜そうかとしていた矢先に君のアドに行き当たったとういうわけなんだ。」

穏やかな口調で話を続けるクレイグの顔を眺めていると、何だかこの話を検討してみるのも悪くはないと思えてきた。
もちろん、このアメリカで直ぐに他人を信じてしまうのは危険な事だと言うことはわかっている。しかし、今日こうして彼の話を聞きながら身の回りを見せてもらった限りでは、少なくともこのクレイグ、連続殺人の次なる獲物を探している訳ではないだろう。
とにかく何より『ベビーOK、ダウンタウンから車で十五分、月々の家賃も超お目玉$600』。こんな奇特な条件なんて、これからそうそう出会える物ではない。

とりあえずその日は、次の週早々にでも実際に家を見せてもらう事にして、クレイグのオフィスを後にした。

 

 今の心境を例えて言うなら、まるで究極の空腹の中、目の前に置かれたツヤツヤとした林檎を食べようかどうしようか迷っているような気分だ。
外からそのプックリとした形を見ているだけでは、中身が瑞々しく美味しいのか、それとも皮の下はカスカスで半分腐りかけているのか分からない。

まあ、不安や疑問は尽きないけれど、とにかくまずはこの林檎を手に取って、匂いを嗅いでみる所から始めよう。そしてそれでOKであれば、ちょこっと隅を齧ってみるのもかまわない。このままじっとしていても来月の家賃の請求書はやって来る。

小さな『運試し』に肩を押されながら、このクレイグとのご縁、これから少しづつ前に進めて行ってみようと思う。

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